第7回 信頼がもたらすもの

執筆:伊藤 弘子(いとう ひろこ) 公開:



 「あなたは信頼されるリーダーですか」

この問いかけに、間髪入れず、「はい」と答えられるマネジャーがどれほどいるでしょうか。おそらく、YESとすかさず答えられるリーダーは1割もいないのではないかと思います。

それでは、「リーダーとして信頼されることは大切だと思いますか」と問いかけると、今度はほとんどの人がYESと答えるでしょう。

にもかかわらず、部下との間で信頼を構築できていないマネジャーがかなりいらっしゃるように思われます。中には、部下との関係において疑心暗鬼な状況を作り出してしまっているマネジャーもいます。そこまでになってしまうと、その関係を修復するのは容易なことではありません。

以前、ある大手のファーストフードのお店を展開する会社から依頼を受けてひとつのチームのチーム作り研修をさせていただいたことがあります。研修の前に、ご担当の方と入念な打ち合わせを行って研修にむかいました。研修当日は、参加されたみなさんの表情がなんとなく硬いなぁと感じつつも、オリエンテーションを終えるころには徐々に笑顔も出てきてほぐれてきました。その後、職場の実態についてどのように見ているか、それぞれの認識を話し合うというセッションを行いました。ところが、ほとんど会話がみられず、シーンと静まり返っています。ひとつふたつ話している人もみられたようですが、それっきり会話が続きません。「あれ?おかしいな」と思いました。外からみているその会社の明るくてフレンドリーな印象とは全く別物です。仕方がないので、いったん休憩にしました。「では、いったん休憩にしましょう」と作業を中断した途端、ざわざわと話し声が出始めて、しばらくすると、がやがやと賑やかな会話へと変化しました。先ほどまでの静まり返った様子と、休憩時間のにぎわいがあまりにギャップがあったので、席について座っていて話しかけやすそうな男性に聞いてみました。「どうして、さきほどは会話が出なかったんですか」と尋ねました。すると、「いやー、言えば批判されますから…」という反応でした。その近くにいた何人かにも話を聴いてみたところ、みんなほぼ同じように思っていることがわかりました。そこで、さらに尋ねました。「誰から批判されるのですか」 すると、「部長からです…」という答えが返ってきて、何人もが頷いて、同意を示してくれています。これで、先ほどまで会話がはずまなかった原因がはっきりしました。そこで、少し長めの休憩を終えたあと、「先ほどの職場の実態を話してもらいますが、この話は誰がどの発言をしたか、一切、わからないようにします。そして、これは今後みなさんの職場がもっと働きやすくなって成果を上げてイキイキとできるために現状を把握しておく必要があるので行うのです」というようなことを伝えました。そうしたところ、活発な意見のやりとりとりがみられるようになって、職場の問題点やそれぞれが改善したいと思っていることなどが明らかになりました。また、自分たち自身の問題点もあがってきていました。その後、建設的に考える手法を使って、楽しみながら問題を解決していく糸口を考えることを体験し、これからの取組も明確になりました。こんな一連の流れによって、研修は参加された全員が満足してくださった様子でした。

さて、件の部長ですが、もともと今回の仕事の依頼は、この部長からの発案で実施が決まったのです。立ち上げるはずの仕事が会社を取り巻く環境変化の影響で中断してしまい、職場内に喪失感やモチベーションの著しい低下が起きている、それを何とかしたい、という話でした。

ところが、チームづくり研修を実施してみると、今回の仕事の中断に関しては残念だったが、環境の影響なので理解し、受け容れている、という人が大半です。それよりも今後に向けて自分たちなりに取り組んでいきたいと思っていることをことごとく部長から批判されているためにモチベーションが低下していたということが明らかになりました。そのことの一部始終を言葉に注意を払いながらもご依頼主である部長に報告させていただきました。ご本人は全く自覚がなかったようです。そして、今度から、部下からさまざまな提案があったときに、批判せずにじっくり話を聴くようにするとおっしゃっていただけました。

その後は、チームの一体感も高まり、部長の行動指針の実行もあって、このチームの問題となっていた点はスムーズに解消されました。

 

このケースのように、第三者が関与することで信頼を取り戻すことも可能かもしれませんが、多くの場合は、こうした機会もなく、氣づけば、上司と部下、あるいは部下同士での溝が出来てしまっているのではないかと思われます。または、信頼度の低さが解決に向かうどころか、パワーハラスメントにまで発展し、世間を騒がせるようになって、ようやく氣づくというケースも最近は多いようです。

信頼度の高い組織と、信頼度の低い組織を比べると、売り上げや利益、顧客からの満足度、従業員の定着などにおいて、何倍、もしくは何百倍もの差がつくという調査結果も示されています。

 

次回は、どのように信頼を構築していけばよいのかをさらに具体的にご紹介します。

 



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