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第8回 「働き過ぎ」の多重奏~過労死・過労自殺のデス・クインテット~

執筆:松島 紀三男(まつしま きみお) 公開:2016年11月28日(月)

 1.「働き過ぎ」には合併症が多く存在

昨今、某広告代理店の女性新入社員の自殺を契機として「働き過ぎ」による「過労死」「過労自殺」が改めて問題になっているのは、皆さま周知の通りです。

一般的に「働き過ぎ」とは第一に労働時間の長さが問題になりますが、私の見るところ、「労働時間」が長い会社は、単に「労働時間が長い」「残業が多い」というだけでなく、以下のような問題を複合的に抱えている場合が多いと感じます。

 

l  「不払い残業(サービス残業)」が多い

l  パワハラ、セクハラの横行

l  過重なノルマの強要

l  働きがいの低さ、誇りの持てない働き方

l  賃金の低さ

 

すなわち「働き過ぎ」の第一の兆候である「長時間労働」を強いられている従業員は、単に労働時間が長い、残業が多いというだけでなく、心身の健康を損なう様々な被害を受けているということです。

 

よく似た例として、身体の健康でいうと、生活習慣病の代表的因子である肥満・高血圧・脂質異常症・糖尿病が相乗的に動脈硬化を進行させ、人の生命に危機をもたらすことが知られています。これを「死の四重奏(デス・カルテット)」といいます。

つまり「働き過ぎ」とは、生活習慣病の「死の四重奏(デス・カルテット)」と同様に、不健康な労働状況、職場のマネジメント環境の多重奏で心身の健康を損なっている状態であり、「人を大切にしない経営の多重奏」といってもよいでしょう。

 

2.「働き過ぎ」のデス・クインテット(5重奏)

 

それでは、複合する「働き過ぎ」の要因について、整理してみましょう。

 

1)長すぎる時間

 

第一は「長すぎる労働時間」です。

どんなに働きがいある仕事で、面白く、達成感を持って取り組んでいても、労働時間が長すぎると心身の健康を損ないます。例えば筆者の知るある会社では、社長があまりにも仕事熱心で開発に夢中になりすぎた結果、睡眠不足で心筋梗塞を発症、過労死したことで経営危機に陥ってしまいました。

会社、職場によっていろいろな問題、やむを得ない事情もあるかとは思いますが、長時間労働を長年放置している会社、職場は、従業員の健康を顧みていないといわざるを得ません。

 

2)強すぎるストレス

 

二番目は「長さ」だけでなく労働の「質」の問題です。

一般的には、労働時間の長時間化、残業の肥大化の背景には諸々の無理があります。私がこれまでのコンサルタントとしてお客様から見聞きした経験では、残業が多くなる最大の理由の一つは、納期間際の突貫工事、生産ラインの時間延長、人海戦術での開発、作業等、切迫した期限への対応です。

また、営業部門などで、過重な目標、ノルマの達成のため、上司の罵声や怒号、目標未達の敗北感や焦燥感にさいなまれながら、強いストレスの下で深夜に至る営業活動や休日出勤を強いられている営業担当者は今でも少なからずいらっしゃいます。

強すぎる心理的ストレスの下で強いられる長時間労働は、ダメージを倍加させることは間違いありません。

 

3)低すぎる人権擁護

 

三番目は、従業員に対して低すぎる人権擁護です。

長時間労働を放置しても平気でいられる経営者やマネージャーの根底にある価値観は「人を大切にしない経営」です。従って「長時間労働」の病状には、従業員の人権軽視から生まれるパワハラ、セクハラ等の合併症が伴うケースが極めて多いというのが実態です。

「長時間労働」自体、人権侵害といえますが、パワハラ、セクハラ、マタハラ、カスハラ(カスタマー・ハラスメント=顧客からの嫌がらせ)、その他のモラル・ハラスメントの横行する会社・職場は従業員への二重の人権侵害が常態化しているといえるでしょう。

そういう会社は、概して従業員の「働きがい」や「誇り」、モラール維持への関心も薄いものです。

一方「人を大切にする経営」を理念に掲げ、従業員の働きがい、モラールも高く、誠心誠意努力しつつも、人手不足や、その他の問題解決が進まず、心ならずも残業が多く発生しているという会社が数多く存在することも事実です。しかし、そういう会社も、いつまでも実態が改善できないと「従業員を使い捨てにする経営」と批判されても仕方がないと思います。

 

4)低すぎる処遇

 

四番目は従業員の「働き」に対して低すぎる処遇です。

「長時間労働」でも、それに見合った高い賃金、処遇が保障されていれば、まだいいのですが、実態は逆のケースが多々見られます。処遇が低くなる原因は大別すると以下の三つです。

 

①     「不払い残業」(サービス残業)の横行

「長時間労働」と「不払い残業」の合併症によって時間当たり賃金が低くなる

②     ベースとなる賃金の低さ

ベースとなる賃金体系の水準が元々低い

③     非正規雇用の多さ

非正規労働の比率が高く、不安定な身分で長期間、長時間雇用していることが多い

 

上記のようなマネジメントの根底には、やはり「人を大切にしない経営」があります。経営側に、なるべく従業員を安く、いつでもクビにできる状態で長くこき使おうという意識が強いために、上のような低い処遇が固定化する傾向が多々見られます。

すなわち、処遇に対して「働き過ぎ」が常態化しているということです。

 

5)犠牲にされすぎる私生活

 

五番目は私生活の犠牲が大きすぎることです。

「働き過ぎ」とは、見方を換えると「私生活を犠牲にしている状態」ということもできます。

ということは同じ残業時間でも仕事の犠牲の度合いには、勤務形態、労働時間帯の設定の違い、家庭の都合による勤務日、勤務時間帯の選択、休日取得の自由度等により「働き過ぎ」のダメージは異なってきます。

例えば「休日が一切自由に取れない残業80時間」は「休日は希望日に一定取れる残業80時間」より「働き過ぎ」のダメージは大きいということです。

筆者も、前職時代、毎月150時間以上の残業を数年も続けていた時代がりあますが、育児、家事の協力が足りないということで、家族との板挟みに苦労した経験があります。

長時間労働や柔軟性のない勤務形態によって趣味、余暇、家族との団らん、子育てや介護、知人、地域社会でのコミュニケーション等、私生活が犠牲にされることは二重のダメージといえるでしょう。

 

3.「働き過ぎ」の実態の「見える化」の必要性

 

それでは従業員の「働き過ぎ」を撲滅するにはどうしたらいいのでしょうか。

「働き過ぎ」を解消するには、まずは「働き過ぎ」の実態がきちんと把握され「見える化」することが大事です。実は多くの企業、組織で「働き過ぎ」の実態が潜在化しているケースが多く見受けられます。

「働き過ぎ」が潜在化しやすい原因は以下の二つです。

 

1)     「長時間労働」の客観的実態が潜在化しやすい

前述の通り、「長時間労働」には、しばしば「不払い残業」(サービス残業)が合併していることが多く、特に「働き過ぎ」を従業員に強いる経営者、管理者ほど、人を安くこき使おうという意識が強いため、残業手当の支払いもしぶる傾向があります。そのため、「長時間労働」「残業」の実態が正規の勤務表に記録されにくいのです。

また「長時間労働」は36協定を超えることも多いため、協定内に残業時間が収まっていることを偽装するため、「不払い残業」の温床となるケースも非常に多く見られます。

 

2)     「働き過ぎ」の質的問題は精神的要素、従業員個々の内面の問題であるため見えにくい

ストレス等の「働き過ぎ」の質的問題、パワハラ、セクハラ等は精神的要素、従業員個々の内面の問題であるため見えにくいものです。

「働き過ぎ」を促進している経営側の価値観、経営者、管理者の意識も精神的要素であるため、見えにくいものです。

ゆえに「働き過ぎ」の実態や原因は潜在化しやすい傾向があります。

 

以上のような理由から潜在化しやすい「働き過ぎ」の実態と根本原因を「見える化」することが第一に重要ということです。

生活習慣病も初期は自覚症状がなく、潜在化しやすいですね。そのような、いわゆる「痛みのない病気」ほど深刻なものです。気づいたときには重篤な状況まで病状が進行しており、不幸なことには手遅れということも少なくありません。

企業、組織も同じであり、まずは従業員の「働き過ぎ」に対する声なき声、「痛み」を「見える化」することが解決の第一歩であることは明らかです。

 

次回は「働き過ぎ」を解消するための具体的道筋について述べることにいたしましょう。

さらに知りたい方(コンサルタントに連絡をとる)