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常識4.商圏人口は大きい方がいい!

執筆:藤井 正隆(ふじい まさたか) 公開:



鹿児島空港から車で2時間、人口2万3千人の過疎の町に、鹿児島県阿久根市で、行政との11年間の交渉の上で許認可をとり、二四時間営業、店舗面積約1万8千平米(増床後)の巨大パワーセンターを建設し、地元のインフラになっているAZスーパーセンター(以下AZ)があります。AZスーパーセンターを目にすると、アメリカの巨大スーパーセンターを思い浮かびます。

 

 日本では、考えられない巨大スーパーセンターを故郷の過疎の町に作ったのが、代表取締役社長牧尾英二氏(以下、牧尾社長)です。飾らずに、ボツトツを話す牧尾社長のお話しを聞くと、小売業の常識とは・・と思わず、考えさせられました。

牧尾社長は、元々、富士精密工業設計研究部(現・日産自動車)で働いていました。しかし、牧尾社長が弟に勧めたホームセンター事業が、経営不振に陥ったために、父親から呼び出されて急遽地元に戻ります。自動車の世界で生きていこうと思っていましたが「小売業は自分の天職である」と自分に言い聞かせ、天職であれば、損得よりも善悪を主体に取り組もうと決意しました。故郷に戻り驚いたことは、田舎の方が都会より物価が高く生活費がかかることでした。コンビニ、二四時間営業といわなくとも深夜営業店もなく、夕方6時にはほとんどの店が閉まっていました。もちろん大型スーパーも進出しない過疎の町では、地元スーパーが売り手の都合であぐらをかいたような商売をしていたのです。

 

そうした状況のなか、地域の人に役に立つ小売業にしたいと考えた末に、生活用品は何でも揃う巨大スーパーセンターを始めたのです。

1985年、当時の九州通産局に、1万1650㎡、24時間営業の出店計画を出しますが、「阿久根のような過疎の田舎では、夜間営業の大型店は無理」「売場面積1万を超える売場であれば、商圏人口が30万人は必要である」と一蹴されました。行政だけでなく、融資の約束をしていた取引銀行も、開店直前になって手を引くといったように周りは否定的でした。

 

AZの一号店がある阿久根市は、人口が少ないだけではく高齢化も進み、60歳以上の方が4割弱に達しています。誘致企業は7~8社ありましたがすべて撤退、阿久根漁協の水揚げも全盛期120億円あったものが、現在は20億円を切るなど働く場所がなくなっています。

商業立地として条件が悪く、所得も低い(鹿児島県は日本でもワースト五、なかでも阿久根市は低い)のです。そのため、牧尾社長が思い描いた事業を、銀行、経済界、経営コンサルタントなどは、立地、商品、運営の三つのリスクを理由に、必ず失敗すると言いました。

常識から考えれば三者の言うことも理解できますが、牧尾社長は、儲けようというより、地域に貢献したいといった思いが強く、かつ、いままでの小売業の常識は、成熟期以降は通用しないという信念もあり、3万人の人口であっても、来店頻度が3倍、買い物点数が3倍とかけ算をすれば27万人の市場になるといった仮説を持っていたのです。

 

AZスーパーの経営の特徴は3点です。

 

1.損得より生活者を常に優先する

過疎化が進む生まれ故郷の阿久根に、何かお役に立てることをしたいといった考え方でスタートしましたが、具体的には、お客様の支出額を抑えるために、通常のスーパーより商品すべて平均8~10%安く販売しています。

もともと薄利多売の商売であるにも関わらず8~10%も売価を下げるのは、通常は成り立ちませんが、知恵と工夫を駆使して実現しています。こんな価格で出したら地元の商店が潰れてしまうのではないかと心配ですが、安いので、夜中に仕入れに来る商店もあるそうです。さらに、車も販売し、車検まで行なっているのですが、地元の自動車会社にも、修理の仕事を振っているので、うまく共存共栄しているのです。

また、買物バスを採算度返しで実施しています。高齢者が四割弱住む阿久根市では、バスなどの交通機関がありません。そのため、車を運転することができない高齢者のお手伝いをするために、AZと自宅を結ぶ買物バスを無料で運行させています。

前日に予約を入れると、家の玄関先までバスが迎えに来てくれます。このサービスは、まったく採算が合いませんが、お客様からの信頼に繋がっています。

その他、六〇歳以上の高齢者と障がい者には、5%キャッシュバックします。なかには、息子さんやお孫さんまでお祖母さんのカードで買い物をすることもありますが、来てくれるだけでありがたいと目をつぶります。さらに、利益が上がったらドンドン還元していくなど、一貫して地域貢献を最優先にしているのです。

AZの店舗にいると、他店ではなかなか見られない光景に遭遇します。

たとえば、お客様から商品についてアルバイトに質問して答えられないと、他のお客様が答えます。店員にミスがあり、お客様が怒ってクレームをつけていると、他のお客様が「もう、その位にしたら……」とまるで、お客様自身の店のように、従業員をフォローしています。地元の方に親しまれているのがよくわかります。

 

2.売れなくてもすべて品揃え、お客様が少なくても24時間営業

AZでは、現在、一店舗約36万点の品揃えをしています。当然、1年に1度しか売れない商品もありますが、POS(販売時点情報管理point of sale system)で見て、死に筋商品を外すようなことはしません。地域のインフラを目指しているので、お客様からご要望があれば、たとえ1点でも仕入れます。

たとえば、五右衛門風呂、1年を通しても2~3点売れればいいところでほとんど売れません。しかし、昔のように薪を焚いてお湯を沸かし入りたいといったご要望のあるお客様がいる限り、売場を確保し置くのです。さらに、店内には、仏壇その他、生活に必要なものはすべてといっていいほど揃っています。

また、年中無休24時間についても、時間帯別管理していたら、夜中の3~4時は、従業員20人以上でお客様が4~5人というときもあり、かつ、電気を全部点灯していますので大赤字です。しかし、田舎であってもライフスタイルが変わってきていることや、仕事を終えてから家族連れで来たいといったお客様のために開けているのです。

 こうしたことは、効率重視の管理小売では考えにくいのですが、「1年に1度しか売れない商品があるから他の商品が売れる」「24時間やっているから、いつでも開いているといったお客様の意識から来店頻度が上がる」というように、会社全体として赤字にならなければいいといった考え方です。

 

3.徹底したコストダウン

 

しかし、通常のスーパーより売価を平均8~10%抑えるとなると、トータルでコストを抑える必要があります。コストで一番大きいのは人件費、次は初期投資にかかる土地とか物件費、三番目は、ランニングコストの電気代です。

人件費は一五坪前後に一人がスーパーの標準ですが、AZでは30坪~40坪に一人というように守備範囲を広げています。また、車検などのサービスも、2003年は二千台弱でしたが、2011年には5倍の約1万台を超えています。人数を増やさず10名のままなので車検も安くできます。

店舗の建築費は、①台風に耐えること ②時間当たり100ミリの雨に耐えること ③震度六の地震耐えることを条件として、平屋にするなどの工夫で質を落とさないでコストは抑えます。電気は、発電所をつくり昼はそれでまかない、夜は電力会社の契約内容を吟味し、徹底したコストダウンを図っているのです。

 

4.現場主義、個人主義、自由主義

 

当初、立地が悪い、規模がバカでかい、商品点数も見境なく入れる、といったことが、小売業の経験者には理解されず、募集しても来てくれませんでした。そのために、地元の農業や漁業の方を集めて店のスタートをしました。 

仕入先も大手の多くが辞退したために地元の生産者や卸が中心になりました。こうした経緯から、今でも素人中心に地元を優先して採用していますが、マニュアルや教科書はありません。毎日の仕事を通してお客様から学ぶことを基本にしています。牧尾社長は、「お客様から目を外すな、ヨソの店は見るな、見るとマネしたくなるから」と言っています。

小売業の情報を得れば得るほど限りなくゼロに近づく、情報が多くなりすぎると、どれがいいわからなくなってしまうといった思いがあるからです。

さらに、ユニークなのは組織運営です。現在、たとえば阿久根店には35部門ありますが、すべて各部門の担当に任せていいます。

仕入れから販売まで一切口も出しません。ラインの仕事だけでなく、資金政策は経理の責任者に任せられ、牧尾社長は、社印も個人の実印も経理部門を信用して預けています。まさに、街の商店主が集まってAZ全体を形成させているような運営なのです。

創業以来、事業計画もなく、従って販売会議といったものも何もないというからビックリします。また、定年もなく、本人が働きたいと言えば死ぬまで働けるなど、すべて個人の意思に任されています。以上のように、現場・個人・自由を大切にし、管理ゼロで自分たちが創っている店舗なのです。

 

紹介してきた通り、経営の在り方もユニークですが、商圏人口の大きさが出店の基準になっていることが常識の小売業において、過疎に地に巨大スーパーセンターを立てるといった牧尾社長の想像力には驚かされます。

 

まさに、小さな椅子に大きなお尻で座る出店は、小売業の常識を破ったモデルは、関係者が指摘したように、まさか?と思いますが、上記にように、なるほど!と思わせるモデルだと思います。



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